iPadは書店に並ぶべき

1月28日、Appleの発表を聞くと同時に僕は窓を閉めた。

世界中からため息が聞こえてこないようにね。


だけどこんな真冬の深夜に窓を開けていたせいか、僕は風邪を引いてしまったみたいだ。

Appleの発表がもう少し早ければ僕はきっと窓を開けたりすることはなかっただろうに。


そういうわけで一年に一度の誕生日をひとり寂しく自宅で過ごしているんだけど

友達云々ではなく、あくまで”風邪のせい”で部屋にこもりっきりだと気が狂いそうになるから

最近のバズに乗っかってiPadに関するエントリーでも上げておこうと思う。


Appleの初モノは毎回ギークな方々からの評判がよろしくない。

ことiPadに関してはまったく新しいデバイスだということもあってか

ジョブズの掲げるiPadがこんなふうに見えちゃった人もいるんじゃないかな。

そんなiPadの機能を理解するには、下の一枚の画像を見てもらえば一番手っ取り早い。

なんとも皮肉な画像を作る人がいるもんだと思わず笑ってしまいそうになったんだけど、

まあ簡単に言うとiPadはタブレットタイプのMacではなくてタブレットタイプのiPhoneだ。


これがため息の最大の理由なんだろうけど、なんだかなあって思うんだ。

Flash、E-INK、USBにことごとく非対応っていう部分を見て

それこそもう鬼の首を取ったようにボロクソに言う人たちが目立つけど

エラや尻尾がないっていう部分を見ると人間だって石ころと何ら変わりはない。


つまり何が言いたいかっていうと、iPadにとってそれらの機能はさほど重要じゃないってことだ。

僕が勝手に思うに、iPadはPCではなくて電子ペーパーとして扱われるべきハードだからね。

iPadを手にしたらやるべきことはメール?パワーポイントの作成?動画の閲覧?すべてノーだ。

以前のエントリーにも関連するけど、iPadの出現は新聞をはじめとする書籍の革命だ。

鞄に入れて持ち運ぶ大量の書類と本がこれひとつにまとまったら最高に素敵だと思わないかいかい?


そしてAppleが今後オープンするiBookストアでのコンテンツ提供力が素晴らしいものであるとの前提に立つなら、

iPadが立ち向かうべき敵はネットブックでもamazonでもなくて、紙というハードだ。

家で雑誌を見るように、学校で教科書を見るようにそれは扱われなきゃならない。

だからやっぱりiPadは電気製品店よりもむしろ書店で取り扱われるべきだ。

それくらいの強烈な刷り込みがないとみんなはそれをPCとして使ってしまうだろうからね。


iPodの出現で音楽=mp3という構図がデファクトスタンダードになったことを考えると

iPadの出現で本=epubといった捉え方が広まる可能性は充分にある。

そうなれば拡張現実の使い方や広告のあり方だってまた変わってくるだろうし、


ああ、書きたいことが山ほどあってタグの数がすごいことになってる。

全部書き尽くすのは当分無理だから続きはまた今度ってことにしてふて寝するとしよう。

こんなに胸が躍るタイミングで風邪っていうのはやっぱりどうしても納得がいかないんだ。

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